万里の長城、秦始皇稜


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世界遺産紀行 DVD全10巻


「シルクロードと東西交渉」「万里の長城、秦始皇稜」

『万里の長城、秦始皇稜』は
ユネスコにより、 1987年に、世界遺産に登録されました。




画像引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

秦始皇稜

秦の始皇帝は中国史初の皇帝でありましたが、 その強大な力を利用し
大きな陵墓を建てました。
これが秦始皇帝陵です。


兵馬俑 (へいばよう)


画像引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「始皇帝陵」の兵馬俑(へいばよう)は、1974年3月に地元の農民が井戸を掘った時に、
偶然、陶片を見つけ、届けを受けた考古学者が調査して発見されました。

発見当時は本当に大騒ぎになったものです。

なぜなら、『史記』には、兵馬俑のことは全く書かれていなかったからです。

現在判明している兵馬俑は、始皇帝陵の東1.5キロの位置にあり、
全て東側を向いて配置されています。

そのため、兵馬俑が始皇帝陵を東方六国から守るために
東方に位置して東を向いている、という説があります。

兵馬俑




現在発掘された兵馬俑は6000体のうち約千数百体に過ぎず、
全部を掘り出すには最低でもあと60年はかかると言われています。
しかも、陶俑6000体というのも1号俑坑だけの推定です。
(現在は4号俑坑まで判明しています)

兵馬俑は全て地中に埋まっていて、その多くはこなごなになっていました。
一説によれば項羽の軍隊によって破壊されたと言われています。


発掘はドーム型の建物の中で一体毎に丁寧に行われています。また、
彩色俑などは空気に触れると退色の恐れがあるので現在は中断しています

発掘では、まず掘り出す前の写真を撮ってから耳かきで掘るように
細心の注意を払って破片を掘り出し、掘り出した破片を
組み合わせて元の兵馬俑に再現しています。

中国内陸は砂埃が多いところです。

兵馬俑の場合は黄土高原から飛んできた砂をかぶっている間に
地中に埋まってしまいました。

兵馬俑

一年に数ミリの砂でも2000年以上かかれば数メートルになるのです。

それですから、1974年まで、発見されなかったのでしょう。

また、「始皇帝陵」が発掘されないのは、兵馬俑でさえ整理がついていない
のに、皇帝陵まで発掘する経済的・人員的な余力がないからです。
西安付近の唐代の皇帝陵が発掘されていないのと同じ理由です。

ピラミッドもそうですが、
巨大な「始皇帝陵」も含めて、権力者の巨大な墓は、権力者一族の「
支配の象徴」

その「始皇帝陵」から
一人一人顔の異なる大量の兵士像が発掘されたのは、まさに世紀の大発見!!

ユーキャン「世界遺産DVD 第2巻シルクロードと東西交渉」
「万里の長城、秦始皇稜」では、20世紀最大の発見に迫ります。

万里の長城、秦始皇稜につきましては、第2巻の冒頭で、約3分間にわたって、
いつ、誰が、何故造ったのかという簡単なナレーションが入っています。


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